グエル・パビリオン/グエル別邸(Pavellons Güell)はスペイン・バルセロナのペドラルベス地区Avinguda de Pedralbes 7にある建築群で、建築家アントニ・ガウディがエウゼビ・グエルから最初の大規模な依頼を受けて設計したことで知られる。1883-1887年に庭園の再設計と入口の門番小屋や馬小屋を含む2棟のパビリオンが建設され、鉄製ドラゴンの門が象徴的な要素となっている。モダニズム建築の初期作として評価され、1969年に国の歴史芸術的記念物に指定された。後年はガウディ・チェアの拠点としても利用された。
見学は屋外中心で内部公開は限定的。開館時間が短く曜日で変わるため事前確認が重要。住宅街にあり観光地化は控えめ。アクセスは地下鉄利用が便利だが坂道があるため歩きやすい靴が無難。写真撮影は周辺住民への配慮が求められる。
グエル・パビリオンで出会うガウディの創造力
アントニ・ガウディがエウセビ・グエルからの信頼を勝ち取るきっかけとなったこの建築群には、当時の建築界を驚かせた技術と物語が凝縮されている。施主であるグエルがバルセロナ郊外に所有していた広大な別荘の改築をガウディに依頼した際、最も注目を集めたのが鉄製の龍が鎮座する門扉である。この龍はギリシャ神話に登場するヘスペリデスの園の黄金のリンゴを守るラドンをモチーフにしており、門が開閉する動きに連動して龍の頭部や四肢が動く仕掛けが施されていた。当時の鍛鉄技術の限界に挑んだこの作品は、単なる装飾ではなく物理的な動力を伴う仕掛け扉としての側面を持っており、ガウディの工学的な才覚を世に知らしめることとなった。

職人との衝突と現場の裏側
建設当時、ガウディは現場の職人に対して極めて厳しい要求を突きつけていた。龍の鱗一枚一枚の角度や、門を支える支柱のタイル装飾に至るまで、彼自身の頭の中にあるイメージと合致するまで何度もやり直しを命じた。特に、門の横に立つ支柱の頂部にあるアンティモニー製のリンゴの木については、職人が作成した模型を何度も破壊させたという逸話が残っている。また、現在でこそ傑作と称されるこの門も、完成直後はその異様な外見から近隣住民に恐怖心を与え、不吉な象徴として忌み嫌われた時期があった。実用性を無視したかのような複雑な形状は、維持管理の面でも当時の管理人を大いに悩ませた。
設計ミスと埋もれた歴史
華やかな成功の裏で、ガウディは初期設計においていくつかの計算違いを犯している。特に厩舎部分の換気システムについては、馬の排泄物から発生するガスの滞留を十分に予測できておらず、完成後に急遽通気口を増設する事態となった。この追加工事の跡は現在の建物でも観察できるが、公式のガイドではあまり触れられない事実である。さらに、この敷地は後に都市開発の波に飲まれ、グエル家が所有権を手放した後は荒廃の一途をたどった。一時期は不法占拠者が住み着き、貴重な装飾の一部が剥ぎ取られて売却されるという、建築遺産としては屈辱的な扱いを受けた過去も持つ。
黄金のリンゴを巡る皮肉
門のデザインの核心である黄金のリンゴは、知恵や不老不死の象徴とされる一方で、争いの火種となる神話的背景を持っている。グエルはこの邸宅を自らの富と知性の象徴として誇示したが、実際にこの場所が家族の団らんの場として機能した期間は驚くほど短い。ガウディはこの門に、欲望を監視する龍を配置することで、皮肉にも施主であるグエル家へ向けた警告を込めていたのではないかという説も存在する。現在、この地はカタルーニャ工科大学の管理下にあるが、かつての広大な敷地の大半は分断され、ドラゴンの門だけが往時の野心を静かに物語っている。





















