ガウディ初期の住宅作品。異国風タイルや装飾の豊富な外観が特徴で、後のモダニズム建築への橋渡しとなった作品。
ガウディの出発点となった建築の記憶
アントニ・ガウディが大学を卒業して最初に手掛けた私邸として知られるカサ・ビセンスは、バルセロナのグラシア地区に静かに佇んでいる。施主であるマヌエル・ビセンス・イ・モンタネールはタイルやレンガの製造業者であったという説が長年信じられてきたが、近年の調査によって彼は株式仲買人であったことが判明した。この事実の修正は、ガウディ研究における重要な転換点となっている。


家族の確執と未払いの報酬
建設当時、若き日のガウディは細部に至るまで自身のこだわりを詰め込んだ結果、当初の予算を大幅に超過させた。これに憤慨したビセンス家との間には深刻な溝が生まれ、ガウディへの報酬支払いが滞る事態に発展したというエピソードが残っている。一説には、資金繰りに窮したビセンスが建設の中断を検討した際、ガウディは自身のアイディアを一切妥協せず、逆にさらなる装飾の追加を提案して施主を呆れさせたとも言われている。
失われた庭園と噴水の行方
現在のカサ・ビセンスは住宅街の中に密集して建っているが、竣工当時は広大な敷地を持つ別荘であった。庭園にはカスケードと呼ばれる巨大な噴水や、サン・カトリックを祀った礼拝堂が存在していた。しかし1920年代に行われた周辺道路の拡張工事や敷地の切り売りにより、これら庭園の主要な構造物はすべて解体され、現存していない。かつてガウディが計算し尽くした光と水の反射効果は、図面や当時の写真の中にのみ留められている。

黒歴史としての増築計画
1925年、建物が別の所有者に渡った際、家族の増加に伴う大規模な増築が行われた。この設計を担当したのはガウディの友人であったジョアン・バプティスタ・セーラ・デ・マルティネスである。彼はガウディのスタイルを模倣して建物を拡張したが、この行為は後にガウディ自身の純粋なオリジナル作品を損なうものとして、一部の批評家から否定的な評価を受けることとなった。ユネスコの世界遺産に登録される際も、どの部分がガウディの真筆で、どの部分が後年の模倣であるかを厳密に区分することが求められたという経緯がある。
タイルに隠された植物の正体
外壁を埋め尽くす黄色い花が描かれたタイルは、カサ・ビセンスの象徴となっている。この花のモチーフはマリーゴールドであるとされることが多いが、実際には敷地内に自生していた名もなき野生の花である。ガウディは建設現場に咲いていた草花をそのままデザインに落とし込む手法を好んだ。しかし、このタイルの製造コストがあまりに高額であったため、施主のビセンスは経営する事業に支障をきたすほど困惑したという裏話も、この美しい外観の裏に隠されている。

























