カサ・ビセンス(Casa Vicens)

カサ・ビセンス(Casa Vicens)

ガウディ初期の住宅作品。異国風タイルや装飾の豊富な外観が特徴で、後のモダニズム建築への橋渡しとなった作品。

ガウディの出発点となった建築の記憶

アントニ・ガウディが大学を卒業して最初に手掛けた私邸として知られるカサ・ビセンスは、バルセロナのグラシア地区に静かに佇んでいる。施主であるマヌエル・ビセンス・イ・モンタネールはタイルやレンガの製造業者であったという説が長年信じられてきたが、近年の調査によって彼は株式仲買人であったことが判明した。この事実の修正は、ガウディ研究における重要な転換点となっている。

カサ・ビセンス(Casa Vicens) バルセロナ(Barcelona) 内装の一部で、壁面の下部には青と白の市松模様のタイルが貼られている
内装の一部で、壁面の下部には青と白の市松模様のタイルが貼られている。壁の上部は温かみのあるオレンジ色の塗装が施され、天井の梁には細かな植物の彫刻が見られる。真鍮製の照明器具が取り付けられ、落ち着いた色調で統一されている。
カサ・ビセンス(Casa Vicens) バルセロナ(Barcelona) 内部の小部屋の様子
内部の小部屋の様子。天井は青色の立体的な装飾で覆われており、ムカルナスと呼ばれるイスラム建築特有の造形が取り入れられている。壁面は青と白のタイルや金色の装飾で埋め尽くされ、色鮮やかなステンドグラスから光が差し込む。

家族の確執と未払いの報酬

建設当時、若き日のガウディは細部に至るまで自身のこだわりを詰め込んだ結果、当初の予算を大幅に超過させた。これに憤慨したビセンス家との間には深刻な溝が生まれ、ガウディへの報酬支払いが滞る事態に発展したというエピソードが残っている。一説には、資金繰りに窮したビセンスが建設の中断を検討した際、ガウディは自身のアイディアを一切妥協せず、逆にさらなる装飾の追加を提案して施主を呆れさせたとも言われている。

失われた庭園と噴水の行方

現在のカサ・ビセンスは住宅街の中に密集して建っているが、竣工当時は広大な敷地を持つ別荘であった。庭園にはカスケードと呼ばれる巨大な噴水や、サン・カトリックを祀った礼拝堂が存在していた。しかし1920年代に行われた周辺道路の拡張工事や敷地の切り売りにより、これら庭園の主要な構造物はすべて解体され、現存していない。かつてガウディが計算し尽くした光と水の反射効果は、図面や当時の写真の中にのみ留められている。

カサ・ビセンス(Casa Vicens) バルセロナ(Barcelona) 庭園から見たテラスの外観
庭園から見たテラスの外観。黄色い木製の格子戸が設置されており、日差しを遮りながら通気性を確保する機能を持つ。周囲には棕櫚の葉を模した鉄柵や多くの植物が配置され、レンガやタイルといった硬い素材と植物が調和している。

黒歴史としての増築計画

1925年、建物が別の所有者に渡った際、家族の増加に伴う大規模な増築が行われた。この設計を担当したのはガウディの友人であったジョアン・バプティスタ・セーラ・デ・マルティネスである。彼はガウディのスタイルを模倣して建物を拡張したが、この行為は後にガウディ自身の純粋なオリジナル作品を損なうものとして、一部の批評家から否定的な評価を受けることとなった。ユネスコの世界遺産に登録される際も、どの部分がガウディの真筆で、どの部分が後年の模倣であるかを厳密に区分することが求められたという経緯がある。

タイルに隠された植物の正体

外壁を埋め尽くす黄色い花が描かれたタイルは、カサ・ビセンスの象徴となっている。この花のモチーフはマリーゴールドであるとされることが多いが、実際には敷地内に自生していた名もなき野生の花である。ガウディは建設現場に咲いていた草花をそのままデザインに落とし込む手法を好んだ。しかし、このタイルの製造コストがあまりに高額であったため、施主のビセンスは経営する事業に支障をきたすほど困惑したという裏話も、この美しい外観の裏に隠されている。

カサ・ビセンス(Casa Vicens) バルセロナ(Barcelona) 塔の先端部分
塔の先端部分。緑と白の市松模様のタイルで覆われたドーム型の形状が特徴で、赤色のレンガや花模様が描かれたタイルが組み合わされている。ムデハル様式の影響が強く表れており、細かな装飾が施されている。
カサ・ビセンス(Casa Vicens) バルセロナ(Barcelona) 建物外壁のディテール
建物外壁のディテール。茶色の粗い石材の壁をベースに、緑色のタイルや赤いレンガが格子状に配置されている。窓の横には黄色い木製のよろい戸があり、手すりには植物の蔓をモチーフにした黒い鍛鉄の細工が施されている。
カサ・ビセンス(Casa Vicens) バルセロナ(Barcelona) カサ・ビセンスの正面外観
カサ・ビセンスの正面外観。石材、レンガ、タイルといった多様な建材を多層的に組み合わせる。1階の窓には複雑な幾何学模様の鉄格子が設置され、外壁のマリーゴールドのタイルが視覚的なアクセントとなっている。
カサ・ビセンス(Casa Vicens) バルセロナ(Barcelona) 喫煙室の天井部分
喫煙室の天井部分。木製の梁の間に、鳥や植物が描かれた装飾パネルがはめ込まれている。青空を背景に飛ぶ鳥の絵は、当時の自然主義的なデザインを反映したもので、漆喰や木材を用いて立体的な装飾が構成されている。
カサ・ビセンス(Casa Vicens) バルセロナ(Barcelona) 天井から吊るされた複雑な装飾のランプ
天井から吊るされた複雑な装飾のランプ。黒い透かし彫りの金属フレームに、赤や青、黄色の色ガラスが埋め込まれている。背後の天井には貝殻のような形状の彫刻が規則正しく並び、漆喰や木材による密度の高い装飾を確認できる。
カサ・ビセンス(Casa Vicens) バルセロナ(Barcelona) テラス内部のベンチ部分
テラス内部のベンチ部分。座面と背面は細い木の板を並べたスノコ状の構造で、曲線を描くデザイン。柱には赤みのある石材が使われ、周囲を囲む木製の格子戸を通じて外光が柔らかく取り込まれる。
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