モンジュイックの丘にある知る人ぞ知る植物園、バルセロナ・ボタニカル・ガーデン(Barcelona Botanical Garden)
バルセロナにあるモンジュイックの丘は、カタルーニャ美術館やマジカ噴水といった観光名所で知られている。しかし、その喧騒から離れた南西の斜面に、建築と植物学を融合させた場所が存在する。14ヘクタールの広大な敷地を持つバルセロナ植物園だ。ここは単に植物を見るための場所ではなく、かつての不法占拠居住区やゴミの埋め立て地を再整備し、地中海性気候という共通項で世界5つの地域を繋いだ空間となっている。観光客の姿は少ないが、バルセロナという都市が歩んできた再生の歴史と、自然に対する捉え方が反映されている。

地中海沿岸部を象徴する植物の一つ、ザクロ(柘榴)の花。
オリンピック開発とともに誕生した背景
現在のモダンな植物園からは想像しにくいが、この場所は1970年代までスラム街であり、その後は都市ゴミの堆積場として利用されていた。1992年のバルセロナ五輪に向けた開発の一環として再整備が決定したが、土壌の不安定さから実際の開園は1999年までかかっている。ゴミの埋め立て地特有の地盤沈下のリスクを回避するため、通常のコンクリート壁ではなく、工事で出土した石や廃材を網状の籠に詰めた「ガビオン(蛇籠)」や、廃材を混ぜ込んだ補強土の技術が使われた。

木製のベンチと背後に広がる枝垂れた樹木。背後の壁には園内を統一する錆びた質感の鉄板が使われ、無機質な構造物と有機的な植物が重なり合う。こうしたベンチの配置一つをとっても、周囲の景観を切り取る額縁のような役割を持たせている。

オクナ・セルラタという植物で、その花の形からミッキーマウスの木とも呼ばれる。赤い部分は花弁ではなく、花が散った後に肥大したガク。南アフリカ原産で地中海性気候のバルセロナでは屋外で見られる。日本でも観葉植物や温室栽培として流通している。
建築家カルロスフェラテールが設計した幾何学的な機能美
設計を手掛けたのは、バルセロナを拠点とする建築家カルロス・フェラテールだ。彼は、バルセロナ五輪の選手村やカタルーニャ会議場、さらには高級ホテルのマンダリン・オリエンタル・バルセロナの改修なども手掛ける、スペインを代表する建築家の一人である。彼が得意とする幾何学的で規則性のあるデザインは、この植物園でも存分に発揮されている。

コルテン鋼の壁が続くエントランス付近の通路。園全体が幾何学的な構造が特徴となっている。

カリッサ・マクロカルパというキョウチクトウ科の植物。鋭い刺があるのが特徴で、生け垣としてよく利用される。南アフリカ原産。
錆びゆくコールテン鋼が魅せる植物と人工物のコントラスト
デザイン面では、あえて表面を錆びさせた「コールテン鋼」が各所に見られる。この素材はメンテナンスが不要なだけでなく、時間が経つほどに周囲の土の色に馴染んでいく特性がある。日本の植物園では石積みや植栽で構造を隠すことが多いが、ここでは建築的な構造体をむき出しにしている。かつての建物の瓦礫などを再利用した廃材の質感が、幾何学的なデザインと混ざり合い、独特の空気感を作っている。この景観を好み、ダリも創作のヒントを得るために訪れていた。

園内に設置された水飲み場。支柱には通路の壁と同じく、時の経過とともに錆の質感が変化するコルテン鋼が使われている。機能的な設備でありながら、周囲の景観や植物の色彩に馴染むようデザインされている。このような徹底した素材の統一感は、現代スペインのランドスケープデザインの質の高さを象徴しており、日本の公共施設ではあまり見かけない。

昆虫ホテルと呼ばれる野生のハチや虫の巣箱。都市部で減少する昆虫の生息場所を確保するために設置されている。レンガ、木材、竹、松ぼっくりなど、さまざまな素材を組み合わせることで、多種多様な虫が冬を越したり産卵したりできる。

岩の隙間に自生するセダムの一種。乾燥に非常に強く、少ない土壌でも育つ多肉植物。この植物園では、植物をただ並べるだけでなく、本来の生息地である岩場などの環境を再現して展示している。

アリウムの一種と思われる球状の花。小さな花が密集して大きなまりのような形を作る。地中海沿岸に多く分布するネギ属の植物。

アガベ(リュウゼツラン)を中心とした乾燥地帯のコレクション。大きな放射状の葉を持つアガベはメキシコなどが原産で、地中海気候によく適応している。
バルセロナの街と海を一望する緻密に計算された遊歩道
園内をしばらく歩き進めると、通路や区画が三角形の網目状に設計されていることに気づく。「トライアンギュレーション」と呼ばれるこの設計は、急斜面の地形を維持しながら、土壌の侵食を防ぎ、効率的に水やりを行うための建築的工夫だ。斜面をバリアフリーで移動できるよう、通路は長いジグザグのスロープになっている。歩くたびに視界が回転し、バルセロナの街や海を常に異なる角度から眺められる。

園内の高低差を活かした遊歩道の分岐点。ジグザグに設計された道は車椅子でも移動できるよう配慮されている。

遊歩道と岩石が配置されたエリア。日本で見られる整えられた庭園とは異なる、野生味溢れる景観が魅力。

アーティチョークの仲間。つぼみの部分は食用としてヨーロッパの食卓では欠かせない存在だが、そのまま咲かせるとアザミに似た迫力ある花が現れる。
機能と美しさを両立させた空間構成
デザインの徹底ぶりは、細部の什器にも現れている。水飲み場は装飾を一切排除したミニマルな形で、地面から生えた彫刻のような印象を与える。植物の名前を示すラベルや案内板、ベンチにいたるまで、壁と同じコールテン鋼やコンクリートで統一されている。ベンチに座った際、視線の先に余計な色彩が入らないよう配慮されており、すべての素材感が揃っていることが、この空間の落ち着きを生んでいる。

長い年月を感じさせるオリーブの古木。ねじれた幹の造形が、過酷な環境を生き抜いてきた歴史を物語っている。手前には廃材で作られたベンチが。

地中海沿岸に広く分布するイタリアカサマツ。成長すると上部が大きく広がり、名前の通り傘のような独特の樹形になる。この巨木のシルエットは、地中海らしい景観を象徴している。

ヘリクリサムの仲間。乾燥した気候を好み、地中海沿岸の庭園では定番の植物となっている。

ヨーロッパでは道端や麦畑に自生する非常に一般的な野草として親しまれているヒナゲシ。

オーストラリア原産のグラスツリー。真っ直ぐに伸びた黒い花穂が特徴的で、成長が非常に遅いことで知られている。
地中海性気候を巡る世界の植物コレクション
この植物園の最大の特徴は、植物の並べ方にある。世界中の植物を網羅するのではなく、「地中海性気候」を持つ5つの地域(地中海沿岸、カリフォルニア、チリ中部、南アフリカ、オーストラリア南西部)に限定して展示している。さらに、散策ルートは大陸別ではなく気候帯別に構成されている。これは「気候条件が似れば、遠く離れた地域でも似た姿の植物が育つ」という発見を促すためだ。
単に植物を並べるのではなく、自然界で共生している植物同士をセットで植える「植物社会学」の考えが取り入れられている。派手さを抑えたデザインのため、開園当初は「地味すぎる」という評価もあったが、植物と静かに向き合える場所として地元の愛好家から支持されている。ここはかつての埋め立て地を、土木技術と建築デザインによって市民の憩いの場へと転換させた、バルセロナの都市再生を象徴する場所となっている。

都市公園でありながら、野鳥観察スポットとしても知られている。

白と黒のコントラストが鮮やかなカササギ。ヨーロッパでは非常に一般的で、街中や公園でも頻繁に姿を見せる。

ザ・ボタニカルな風景が全体に広がっている。

ハート型の葉が密集しているようなハナズオウの仲間。春に枝を覆い尽くすように紫色の花が咲く。

白い星型の花と赤い実がついている大輪カリンカ。南アフリカ原産の低木で、花と実を同時に鑑賞できる時期は特に美しい。

マメ科の仲間で、乾燥地帯の厳しい環境に適応した進化を遂げている。日本ではあまり一般的ではなく、多肉植物や珍奇植物を扱う専門店や一部の植物園で見かける程度の希少な存在といえる。

園内の遊歩道沿いに咲くキョウチクトウと、高くそびえるヤシの木が地中海らしさを強調している。現地の植生と景観デザインが一体となった、この植物園の標準的な風景のひとつ。

園内の水辺を埋め尽くすように咲くスイレン。乾燥した気候のバルセロナにおいて、水生植物のエリアは涼を呼ぶ貴重な景観となっている。

カラッサと呼ばれるキョウチクトウ科の低木。南アフリカ原産で、観賞用として世界各地の乾燥地域で植栽されている。

地中海沿岸に広く分布する常緑低木のケルメスオーク。見た目がクリスマスの装飾で定番のセイヨウヒイラギ(ホーリー)に非常によく似ているが、植物学的には全く別の種類に分類される。

長い年月を経て複雑にねじれた幹が印象的なオリーブの古木。地中海農業の象徴であり、この地域では樹齢数百年を超える個体も珍しくない。

多肉植物特有の厚い葉が規則正しく重なり、乾燥から身を守る構造がよく分かるアロエの一種。





