常識を壊したガウディの設計革命
19世紀後半から20世紀初頭にかけて、バルセロナを中心とする欧州の建築プロジェクトは厳格なルールに基づき進行した。
施主が予算や部屋数を指定し、建築家がそれに応じた図面を作成、行政の許可を得てから職人が図面通りに忠実に再現するというのが標準的な流れである。
しかしアントニ・ガウディはこの工程の全てを破壊し、独自の理論で建築を構築する道を選んだ。

利益より精神を重視した仕事の流儀
当時の標準的な建築契約では、投資目的や居住用としての実利が最優先され、建築家の報酬も建設費の一定割合と定められていた。
これに対しアントニ・ガウディは、部屋数や予算といった定量的な要求を嫌い、代わりに施主の信仰心や郷土愛を問うという精神的なアプローチを採用した。
カサ・ミラ(Casa Milà)では、実業家ペレ・ミラの実利的な発注を無視し、建物全体をマリア信仰の象徴である聖地モンセラートに見立てる構想を独断で組み込んだ。
階段の曲線一つに対しても、聖母の衣のたゆたみを表現していると主張し、反対する施主の意見を封殺した。

グエル公園(Parque Güell)では、60軒の住宅を建てるという本来の目的を後回しにし、道路や市場、広場といった公共インフラの建設に全エネルギーを注ぎ込んだ。
これは建築を単なる箱の集合体ではなく、一つの有機的な共同体として捉えていたため。市場「百柱の間」には86本のドリス式柱が林立し、その内部には広場の雨水を地下の巨大貯水池へと運ぶための導管が隠されている。
住宅が1軒も建っていない段階で完璧な給排水システムを完成させることに執着した事実は、生命を育む水と人が集う空間こそが建築の土台であるという信念の現れ。
結果として分譲事業そのものは破綻したものの、アントニ・ガウディ自身は公園としての公共空間が完成したことで満足感を得ていた。

数式を捨て重力に設計させた実験
設計段階において、当時の建築家は計算尺を用いた静力学計算を行い、垂直荷重を支える壁厚を算出していた。
しかしアントニ・ガウディは数式による計算を拒絶し、重力そのものに形を決めさせる物理実験を行った。これがコロニア・グエル教会で用いられた逆吊り模型である。
10分の1スケールの模型を作り、麻糸の接点に石材や雪の重さを想定した砂袋を吊り下げ、数週間から数ヶ月放置して平衡状態を待つ。こうして生まれた曲線は、引張力を排除した純粋な圧縮ラインとなる。
アントニ・ガウディは鏡や写真を用いてこの形状を反転させ、理想的な柱やアーチの傾斜角度を決定した。
廃材を芸術へ変えるトレンカディスの技法
アントニ・ガウディの建築において最も特徴的な装飾技法が、トレンカディスと呼ばれる砕石モザイクである。
既製品のカタログからタイルを選ぶ当時の標準を拒み、ゴミ捨て場や解体現場から素材を発掘することを優先した。
タイル工場の焼き損じや割れた瓶など、不均一な断面を持つ廃材こそが、光を複雑に反射させ生命感を宿すと確信していた。
トレンカディスの制作工程は極めて手間のかかるものであった。まず地元のタイル工場であるプジョル・イ・バウシスのゴミ捨て場などから、色のムラやひび割れがあるタイルを安価に回収した。
現場では職人がタイルをハンマーであえて鋭利な断面が残るように粉砕し、アントニ・ガウディや助手のジュセップ・マリア・ジュジョールが足場の上で破件の色彩や形状を一つずつ吟味しながら配置した。
タイルを多用した背景には、バルセロナの強い日差しから建物を保護する機能的な理由もある。
セラミックの光沢は天候や太陽の位置によって表情を変化させる生きた皮膚の役割を果たした。また破片にすることで、通常のタイルでは困難な複雑な曲面にも自在に追従させることが可能となった。





現場での即興と超写実的な彫刻工程
施工段階において、標準的な建築では建築家が作成した詳細図面を職人が忠実に再現することが義務であり、現場での変更は材料の浪費として禁じられていた。
しかしアントニ・ガウディは図面を持たず、現場で原寸大の試行を繰り返しながら即興的に設計を変更した。
サグラダ・ファミリア(Basílica de la Sagrada Família)の彫刻製作では、当時の伝統的な彫刻術を否定し、生身の人間から直接石膏で型を取るという苦痛を伴う工程を強行した。
聖母マリアや天使のモデルとして、近隣の職人の娘や時には浮浪者を選定。生身のモデルに石膏を塗り型取りを行う工程はモデルに多大な苦痛を強いるものの、皮膚の質感や生命が宿る瞬間の造形を再現するために徹底。
動物の彫刻においては、実際に薬殺した死体から直接型を採取した。
さらに完成した彫刻を一度クレーンで吊り上げ、地上数十メートルの実際の高さでの見え方を確認。遠近法によって不自然に歪んで見えないかを検証し、違和感があればその場で石膏を盛り足してデフォルメを施すなど、人間の知覚に基づいた最終調整を現場で徹底した。

光を科学的に制御する色彩設計
アントニ・ガウディの色彩決定は、単なる装飾ではなく光学的かつ科学的な計算に基づいていた。赤色の壁を作る際も単一の赤ではなく補色や近似色を混ぜることで、離れて見た時に輝きが増す視覚混合の効果を狙った。
カサ・バトリョ(Casa Batllo)の中庭では、上部に濃い青、下部に白いタイルを配置し、窓の大きさを変えることで、建物の上下で生じる照度差を等価に調整した。
上部はマットな質感で眩しさを抑え、下部はグロス加工で光を反射させるなど、光環境を均一化するための工学的なアプローチが取られた。

自然の一部として循環する建築
建築の完成は、建物が引き渡される瞬間ではなく、その建築が自然のサイクルの中に組み込まれ一体化することを目指す。グエル公園の波打つベンチを彩るトレンカディスは、モザイクの隙間が細かな排水溝として機能し、雨が降るたびに表面を自動洗浄する自己清掃システムが設計段階から組み込まれている。
またサグラダ・ファミリアの建設においては、自らの死後もプロジェクトが止まらないよう、ルールド・ジオメトリと呼ばれる幾何学的なルールを確立。後世の建築家たちが計算式に基づいて彼の不在を埋め、建設を継続できるように配慮された継承のための設計。
建築を作者個人の作品として完結させるのではなく、植物が成長し種を遺していくように、自然界の法則に従って変化し続ける存在として捉えていた。























