「聖なる鋸山」を意味するモンセラットは、スペインのカタルーニャ地方にある奇岩の山々が連なる聖地。
バルセロナから北西に約50キロメートルの位置にあり、その独特な形状から古来より信仰の対象となってきた。現在ではキリスト教の巡礼地としてだけでなく、その唯一無二の景観を求める世界中の観光客を惹きつける場所となっている。
スペインを訪れるなら、バルセロナのサグラダ・ファミリアと同じくらい価値がある場所だと感じた。

モンセラットってどんな場所?「聖なる鋸山」の魅力とは
モンセラットはバルセロナ近郊に位置する奇岩群の山でありカタルーニャを代表する宗教的象徴として知られている。のこぎりの歯のように連なる岩山の中腹には修道院が築かれ巡礼地として長い歴史を持つ。自然景観と信仰空間が不可分に結びついた場所として現在も多くの人が訪れている。

バルセロナからモンセラットへのベストなアクセス方法
バルセロナ中心部からモンセラットへ向かう一般的な手段はカタルーニャ鉄道の利用となる。地下鉄各線が集まるスペイン広場駅からFGCのR5号線に乗車し山麓方面へ進む流れとなる。途中で登山鉄道クレマジェラに乗り換えるかロープウェイアエリを選ぶかを事前に決めておく必要がある。前者はモニストロルデモンセラート駅で下車し後者は1駅手前のアエリデモンセラート駅を利用する。バスによる直行手段も存在するが本数は少なく時間管理が重要となる。移動時間は片道で約1.5時間から2時間弱が目安となる。





地形がもたらす景観 標高1,236mの絶景
モンセラットの最高峰であるサン・ジェロニー山の標高は1,236メートルである。観光の拠点となるモンセラット修道院は山の中腹、標高約720メートル地点に位置している。日本の山に例えると、標高の数値だけでいえば、東京都最高峰の雲取山(2,017メートル)よりは低く、高尾山(599メートル)の約2倍の高さということになる。

モンセラット修道院と黒いマリア像
モンセラットの歴史の中核を成すのは、カタルーニャの守護聖人として崇められる「黒いマリア像(ラ・ムレネータ)」である。この像の起源には、1,000年以上の時を超えて語り継がれる不思議な物語が存在する。
伝承によれば、西暦880年のある土曜日の夕暮れ時、山で羊を飼っていた子供たちが、山の中腹に眩い光が降り注ぎ、どこからともなく美しい旋律が流れてくるのを目撃した。驚いた子供たちが親や村の司祭を連れて再びその場所を訪れると、同様の奇跡が何度も繰り返されたという。司祭らが光の出どころを突き止めようと険しい岩肌を登り、一つの洞窟(現在のサンタ・コバ)に辿り着いたとき、そこには木造のマリア像が安置されていた。
司祭はこの像を麓の町へ運び出そうとしたが、ある地点まで来ると像が急に重くなり、大人数で抱えても一歩も動かすことができなくなった。人々はこれを「マリア様がこの山に留まることを望んでいる」という神の意志として受け入れ、その場所に小さな礼拝堂を建てた。これが現在のモンセラット修道院の始まりとされている。像が黒い理由については、長い年月の間に灯された蝋燭の煤が染み込んだという説や、木材の化学変化によるものという説があるが、その神秘的な佇まいは今も多くの人々の信仰を集めている。

モンセラット修道院(Santa Maria de Montserrat Abbey)
モンセラット修道院はカタルーニャの聖地として知られるベネディクト会の修道院。標高約720メートル地点に位置し、背後にそびえる奇岩群と一体化したような景観が特徴で。ここにはカタルーニャの守護聖人である黒いマリア像が祀られており、世界中から巡礼者が訪れる。また欧州最古の部類に属する少年合唱団エスコラニアの拠点でもあり、その清らかな歌声は大聖堂の独特な岩山の構造と響き合い、訪れる者に深い感銘を与えている。







ガウディも魅了した聖地 モンセラットの芸術史
近代に入り、この聖地の景観整備に深く関わったのが、建築家アントニ・ガウディであった。ガウディは1900年から1916年にかけて、マリア像が発見された場所へと続く「サンタ・コバの巡礼路」の整備プロジェクトに携わっている。
彼が担当したのは、キリストの生涯における重要な場面を再現した「栄光の第1の謎(キリストの復活)」という記念碑の設計であった。ガウディはこの地で、自身の代名詞とも言える「自然との調和」を極限まで追求した。彼は、岩山に直接穴を掘り、周囲の岩石をそのまま利用することで、彫刻がまるで山の一部として隆起してきたかのような一体感を創り出したのである。

さらに、ガウディは修道院の大聖堂内部の改修にも着目していた。彼は、黒いマリア像が鎮座する内陣の照明や装飾において、いかにして神秘的な光を演出するかについて数々の助言を残している。彼にとってモンセラットは、自身の信仰の拠り所であると同時に、サグラダ・ファミリアという「祈りの塔」を完成させるための巨大なインスピレーションの源であった。

19世紀後半、ナポレオン軍の侵攻によって修道院の建物の多くが破壊された際も、カタルーニャの人々は「山そのものが神殿である」という信念を捨てなかった。ガウディもまたその精神を継承し、人工的な建築物をいかにモンセラットの自然な造形美に近づけるかという課題に生涯を捧げたのである。

アントニ・ガウディにとってのモンセラット
アントニ・ガウディがモンセラットに対して抱いていた想いは、単なる美しい風景への感嘆ではなく、彼の人生観や宗教観、そして建築学的な野心が複雑に絡み合った非常に深いものであった。ガウディは、モンセラットの岩山を「神が彫り上げた建築」と見なしており、その構造について「この山の形には無駄が一切なく、垂直性と安定性が完璧な調和を保っている」と専門的な視点から評価していた。
彼は、重力に従って自然に形成された岩のラインこそが最も力強く、かつ美しいものであると確信しており、その構造を数学的に解析しようと試みていた。この執念とも言える観察眼が、後にサグラダ・ファミリアで採用される「懸垂線(逆吊り模型)」の理論、つまり自然界の法則を建築に応用する画期的な手法へと繋がっていった。
また、ガウディはモンセラットを「カタルーニャの精神的な屋根」であるとも表現していた。彼はこの山の険しい地形を、巡礼者が信仰心を試される試練の場として捉えており、自らが設計した記念碑の周囲の整備においても、あえて過剰な装飾を排し、岩肌そのものを主役にするよう指示した。彼は、人間が作るどんなに立派な彫刻も、神が創造したモンセラットの巨大な岩塊の前では影に過ぎないと考えていたため、自らの作品をいかに自然の中に「隠す」か、あるいは「同化させる」かという、通常の建築家とは正反対の苦悩を抱えていたと言われている。
さらに興味深いのは、ガウディがこの山の音響効果についても着目していたという点である。彼は、モンセラットの岩々に反響する風の音や聖歌隊の響きを聴き、サグラダ・ファミリアの内部を「森の中のような静寂と、岩山のような響きを併せ持つ空間」にしたいと熱望していた。彼にとってモンセラットは、視覚的な造形だけでなく、音や光、そしてその場の空気感に至るまで、自身の建築に移植すべき完璧な環境そのものであった。
ガウディが晩年、サグラダ・ファミリアの建設現場に住み込み、世俗との関わりを断った際も、彼の心の目には常にモンセラットの山影が映っていたと、当時の弟子たちは回想している。彼は自分の命が尽きても、サグラダ・ファミリアがモンセラットのように「何世紀もかけて成長し続ける祈りの山」になることを願っていたのである。

ハイキングコースで巡る モンセラットの自然と信仰
モンセラットには、初心者から上級者まで楽しめるハイキングコースが主に5つから8つほど整備されている。


もっとも手軽なのはサン・ミケル十字架への道である。修道院から片道約15分から20分ほどで到着できる緩やかなコースで、十字架が立つ展望スポットからは、切り立った岩壁を背にした修道院の全景を真正面から眺めることができる。




次に人気なのがサンタ・コバ(聖洞)への道である。ここはモンセラットのシンボルである黒いマリア像が発見されたとされる伝説の洞窟へ続く道で、片道約40分ほどかかる。道中にはガウディなどの芸術家が手がけた彫刻が並んでおり、巡礼の道としての雰囲気も楽しめる。




平坦な道をゆっくり歩きたい場合にはデゴタルスの道が適している。修道院の裏手に続く木々に囲まれた静かな遊歩道で、片道約30分ほどである。アップダウンがほとんどなく、途中の岩壁からは水が滴り落ちる様子や、遠くピレネー山脈まで見渡せる絶景を楽しむことができる。


本格的に山を楽しみたい場合には、最高峰を目指すサン・ジェロニーへの道が推奨される。修道院から往復で約3時間から4時間かかる本格的なコースであるが、標高1,236メートルの山頂からはカタルーニャ地方を一望する360度のパノラマが広がる。フニクラ(ケーブルカー)でサン・ジョアン駅まで上がってから歩き始めることで、登りの負担を減らすことも可能である。
さらに、かつて隠遁者が暮らしていた小さな庵の跡を巡る「隠者の道」と呼ばれるルートもある。これら複数のコースを組み合わせることで、体力や滞在時間に合わせて自分なりのハイキングを楽しむことができる。



急勾配を克服するユニークな乗り物
モンセラットでは、険しい岩山という地形を活かした非常にユニークな乗り物がいくつか稼働している。麓から修道院へ向かうための手段と、修道院からさらに高い場所や聖なる場所へ移動するための手段に大きく分けられる。
まず、麓から修道院のある標高約720メートル地点まで登る主要な乗り物は、登山鉄道とロープウェイの2つである。登山鉄道(クレマジェラ)は、急勾配を登るためにレールの間に歯車を噛み合わせる「ラック式」を採用している。モニストロル・デ・モンセラート駅から出発し、約15分から20分かけてゆっくりと山を登る。大きな窓からは、徐々に近づいてくるモンセラットの岩山の全景を安全かつ快適に楽しむことができ、家族連れや落ち着いて景色を眺めたい層に利用されている。


もう一方のロープウェイ(アエリ)は、アエリ・デ・モンセラート駅からわずか5分ほどで修道院へ到達する。黄色いキャビンが特徴で、非常に急な角度で一気に上昇するため、スリルとともに対岸のパノラマや眼下の絶壁をダイレクトに感じることができる。短時間で移動したい場合や、空中からの絶景を楽しみたい場合に適している。


修道院に到着した後、さらに上を目指したり別のエリアへ移動したりするために稼働しているのが、2つのケーブルカー(フニクラ)である。サン・ジョアンのケーブルカーは、修道院からさらに高い標高1,000メートル付近まで一気に登る。最大傾斜が65度という非常に急な斜面を走るのが特徴で、車両の屋根までガラス張りになっているため、登るにつれて修道院が小さくなっていく様子を真上から見下ろすことができる。到着地はサン・ジェロニー最高峰へ続くハイキングコースの起点にもなっている。
もう一つのサンタ・コバのケーブルカーは、逆に修道院から少し下った場所にある「聖洞(サンタ・コバ)」への入り口までを結んでいる。歩くと険しい下り坂をショートカットできるため、黒いマリア像が発見された伝説の洞窟を訪れる巡礼者や観光客に重宝されている。




山上での食事と休息、ショッピング
飲食店は、石造りの落ち着いた空間でカタルーニャ料理を味わえるレストランから、絶景を眺めながら好きな料理を選べるビュッフェやカフェテリアまで揃っている。サッと食事を済ませたい場合にも、景色を楽しみながらゆっくりしたい場合にも対応できるのが特徴である。
土産物店は、修道院のリキュールや焼き菓子を扱う大きなショップのほかに、地元の農家がチーズや蜂蜜を並べる露店がある。特に露店で売られているフレッシュチーズは、その場で食べられる名物として親しまれている。
ホテルは、修道院のすぐ隣にある歴史的な建物が中心である。派手な設備はないが、観光客がいなくなった夜の静寂や、朝日に照らされる岩山を独り占めできるのが最大の魅力といえる。


もしバルセロナ中心部を朝一番の電車(6時台や7時台)で出発して、現地に8時台に到着するようなスケジュールであれば、バルセロナの駅であらかじめパンや飲み物を買っておくのがもっとも確実である。モンセラットの広場にはベンチがたくさんあるため、岩山の景色を眺めながら持参した軽食をとるのも、朝の清々しい空気を感じられて有益である。

モンセラット美術館(Museum of Montserrat)
モンセラート美術館は、修道院の広場に隣接するカタルーニャ屈指の美術館で。もともとは聖書研究の資料を展示する目的で設立されたが、現在はピカソ、ダリ、モネ、エル・グレコといった巨匠の絵画から、古代エジプトのミイラ、メソポタミアの考古学遺物まで、約1,300点以上の幅広いコレクションを収蔵している。特に19世紀から20世紀のカタルーニャ現代美術の充実ぶりは目覚ましく、静謐な空間で質の高い芸術に触れることができる。

モンセラット日帰りプランのモデルケース
08時30分 スペイン広場駅を出発 カタルーニャ鉄道(FGC)に乗車。チケットは駅の券売機で購入できるが、移動と観光がセットになった「トランス・モンセラット」などのセット券も便利である。
10時00分 黒いマリア像の拝観(※要事前予約) 到着後、まずは予約した時間枠に従って黒いマリア像を拝観する。予約時に指定したタイムスロットを守る必要があるため、移動時間を逆算して予約を入れるのがコツである。
11時00分 大聖堂(バシリカ)の見学(※要事前予約) 黒いマリア像のチケットには大聖堂への入場が含まれていることが多いが、ミサの時間などは一般の見学が制限されることがあるため、静かに内部を巡る。
12時00分 サン・ミケル十字架へのミニハイキング 合唱団の開演まで少し時間がある場合、往復40分ほどの軽い散歩で絶景を楽しむ。修道院全体を見下ろす写真が撮影できる。
13時00分 少年合唱団「エスコラニア」の鑑賞(※要事前予約) 世界的に有名な歌声を鑑賞する。現在は合唱鑑賞専用のチケットが必要であるため、必ず事前に確保しておく必要がある。
14時00分 ランチタイム 展望レストランやカフェテリアで食事をとる。また、広場近くの露店で地元のフレッシュチーズ「マトー」をデザートに買うのも楽しみの一つである。
15時00分 ケーブルカーでサン・ジョアン展望台へ ケーブルカー(フニクラ)でさらに標高を上げ、岩山の頂上付近を散策する。ここでの絶景は予約不要で、運行時間内であればいつでも利用可能である。
16時30分 下山・お土産探し 名物のリキュールや焼き菓子をショップで購入し、バルセロナへの帰路につく。
訪問日が決まったら、すぐにモンセラット修道院の公式サイトで黒いマリア像と合唱団のセットチケットを確認することが推奨される。鉄道の往復券が含まれる「トランス・モンセラット」などの交通パスには、マリア像や合唱団の予約権は含まれていない場合が多いため、入場予約は別途行う必要がある点に注意が必要である。














