工場跡から文化拠点へ変貌したバルセロナ産業遺産

工場跡から文化拠点へ変貌したバルセロナ産業遺産

バルセロナにおける「産業遺産」は、18世紀後半から19世紀にかけての産業革命によって築かれた工場の建物や煙突、労働者の居住区などを指す。バルセロナは「カタルーニャのマンチェスター」と呼ばれるほど工業が盛んだったため、街の至る所にその名残が見られる。
現在は、単なる古い建物として保存するだけでなく、美術館や図書館、大学のキャンパスといった現代の公共施設へ再生(コンバージョン)されている。
これらの遺産は、当時の労働者の暮らしや経済発展の歴史を伝えるだけでなく、バルセロナ独自のモデルニスモ建築(アール・ヌーヴォー)と産業構造が融合した、世界的に見ても貴重な文化的価値を持っている。

古い版画や絵画を元に、バルセロナが中世の壁を壊し、産業都市へと変貌していく過程をAI技術などで再現している。音声トラックに日本語あり。

廃墟作品化した元巨大紡績工場

バルセロナ北部のサン・アンドレウ地区に位置するファブラ・イ・コーツは、かつての巨大紡績工場を再生させた現代文化の拠点。1837年にエル・バポル・ダ・フィルとして産声を上げ、農業中心だったこの地域に産業革命の波をもたらした歴史を持つ。

ファブラ・イ・コーツ(Fabra i Coats)

バルセロナ(Barcelona)ファブラ・イ・コーツ(Fabra i Coats)ファブラ・イ・コーツの象徴である巨大なレンガ造りの工場棟の外観
ファブラ・イ・コーツの象徴である巨大なレンガ造りの工場棟の外観。均一に並ぶ大きな窓は、電灯が普及する前に自然光を最大限に取り入れるための工夫。現在は芸術センターや学校として再利用され、バルセロナのリノベーション建築の代表例となっている。

1911年頃には1600人の従業員を抱え、その80パーセントを女性労働者が占めるなど地域の雇用を一手に引き受けていた。全盛期には3000人以上が働く糸の帝国として君臨し、敷地内には発電所や学校、労働者住宅まで完備された一つの町のような機能を備えていた。しかし1970年代以降の安価な海外製品の流入に抗えず、2005年に工場としての幕を閉じた。

バルセロナ(Barcelona)ファブラ・イ・コーツ(Fabra i Coats)建物の改修や補強の過程で追加された鉄骨と古いレンガ壁が混在する箇所
建物の改修や補強の過程で追加された鉄骨と古いレンガ壁が混在する箇所。歴史的な建築物を現代の安全基準に適応させるための痕跡が見て取れる。窓のアーチ部分を遮るように設置された梁など、実用性を優先した無骨な造りが特徴的。日本では耐震補強の際に古い壁面を完全に覆うことが多いため、こうした新旧の素材が剥き出しで共存する様子は興味深い。

その後バルセロナ市が敷地を買収し、創造の工場プロジェクトとして再始動。現在は現代美術館や音楽学校、芸術家のレジデンス、公立学校が共存する多機能な空間へと生まれ変わっている。古い赤レンガの外観を残しながら内部を近代的にリノベーションした手法は、産業建築の再利用における世界的なモデルケースとされる。観光の中心地から少し離れた場所で、バルセロナの労働の歴史と最先端の芸術文化が交差する独自の空気感に触れられる場所。重厚な建築美とクリエイティブな熱量が混ざり合う光景は、一見の価値がある。

バルセロナ(Barcelona)ファブラ・イ・コーツ(Fabra i Coats)レンガ壁の下層部に石材が露出した広範囲な壁面
レンガ壁の下層部に石材が露出した広範囲な壁面。格子がはめ込まれた窓や露出した排水管など、実利的な要素が散見される。壁面の質感の差異は、修復や改変が繰り返された結果生じたもの。
バルセロナ(Barcelona)ファブラ・イ・コーツ(Fabra i Coats)かつて工場への入口として使われていた半円形の窓があるレンガ壁
かつて工場への入口として使われていた半円形の窓があるレンガ壁。バルセロナの産業遺産を象徴する意匠が残る一方で、配管や錆びた鉄扉が時間の経過を物語る。日本でも明治期以降の赤レンガ倉庫などで同様の建築様式を確認できるが、このように長年放置された風合いが保存されている例は珍しい。
バルセロナ(Barcelona)ファブラ・イ・コーツ(Fabra i Coats)レンガと自然石を組み合わせた基礎部分の壁面
レンガと自然石を組み合わせた基礎部分の壁面。上部の整然としたレンガ層に対し、下部は不揃いな石材が積み上げられ、グラフィティが描かれた鉄扉が設置されている。工場の増改築の歴史や、周辺環境の変化が壁一面に現れている。
バルセロナ(Barcelona)ファブラ・イ・コーツ(Fabra i Coats)壁面下部のクローズアップで、石材の隙間にレンガの破片を詰め込んで補強した様子が観察できる
壁面下部のクローズアップで、石材の隙間にレンガの破片を詰め込んで補強した様子が観察できる。石、レンガ、モルタルが複雑に組み合わさった表情は、現地の職人が身近な素材を用いて補修を行った証。即興的かつ堅実な補修技術の痕跡が見て取れる。地味な箇所ながら、当時の工場の維持管理の実態を知る上で希少な資料となる。
バルセロナ(Barcelona)ファブラ・イ・コーツ(Fabra i Coats)レンガの柱に挟まれた凹凸のある壁面
レンガの柱に挟まれた凹凸のある壁面。かつて別の構造物が接続されていたか、あるいは窓を塞いだ跡のような段差が残っている。剥き出しの質感が周囲の近代的な建物と対照をなす。あえて凹凸を残すことで過去の構造を可視化している点は、ヨーロッパの保存建築においてよく見られる特徴。
バルセロナ(Barcelona)ファブラ・イ・コーツ(Fabra i Coats)イギリスの「Mather & Platt Ltd」社製と刻印された古いスプリンクラー用バルブ
イギリスの「Mather & Platt Ltd」社製と刻印された古いスプリンクラー用バルブ。当時のバルセロナの産業がイギリスの技術に支えられていた歴史を示す。重厚な鋳鉄製の造りは、産業革命期の工業製品特有の堅牢さを備える。

バルセロナの産業発展を支えた織物工場が今は駐車場

パーキング・フレセール・トリンシャント(Parking Freser Trinxant)

「パーキング・フレセール・トリンシャント(Parking Freser Trinxant)」の建物は、かつて「Can Trinxant(カン・トリンシャント)」として知られたテキスタイル工場(織物工場)だった。
19世紀から20世紀にかけてバルセロナの産業発展を支えた重要な工場の一つであり、トリンシャント家が所有するテキスタイル関連の産業施設として機能していた。
現在の駐車場としての利用は、かつての広大な工場跡地や建物を再活用したもので、外観の一部には当時の工業建築の面影(レンガ造りの特徴など)が残されている。

この建物がある「エル・カンプ・デ・ラルパ・ダル・クロット(El Camp de l’Arpa del Clot)」界隈は、かつて多くの工場が立ち並んでいた地域だが、都市開発によりその多くが姿を消した。

バルセロナ(Barcelona)パーキング・フレセール・トリンシャント(Parking Freser Trinxant)

現在、この建物はバルセロナ市の「建築遺産(Patrimoni Arquitectònic)」の一部として保護の対象となっており、単なる駐車場ではなく、地域の産業史を伝える歴史的建造物として認識されている。

元労働者階級エリアの産業遺産再利用の成功例

19世紀後半から20世紀初頭にかけてバルセロナが急速に工業都市として発展した時期に建設された、テキスタイル(繊維)工場。
当時、サン・マルティ地区は「カタルーニャのマンチェスター」と呼ばれるほど工場が密集しており、この建物もその巨大な工業地帯の一翼を担っていた。

Fàbrica Costa Font(旧Costa Font工場、正式にはBonaventura Costa Font)

設計は、バルセロナのシウタデリャ公園なども手がけた著名な建築家Josep Fontserè i Mestre(ジョゼップ・フォンツェレ・イ・メストレ)。
典型的な19世紀の産業建築様式を採用しており、レンガ造りの外壁が特徴。内部は広い空間を確保するために鉄製の柱が使われており、機能性を重視した造りになってる。

バルセロナ(Barcelona)Fàbrica Costa Font(旧Costa Font工場、正式にはBonaventura Costa Font)

この建物がある「El Camp de l’Arpa del Clot」は、かつての労働者階級の街並みが残るエリアで、近年はこの工場のような古い建物をリノベーションしたおしゃれな空間が増えており、伝統的な雰囲気とモダンな生活が共存する魅力的な地区となっている。
現在、この建物はもはや工場としては機能していないが、バルセロナにおける「産業遺産の再利用(コンバージョン)」の成功例として知られている。

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