アルティガス庭園(Jardins Artigas)

アルティガス庭園はスペインカタルーニャ州ラポブラデリリエットに位置する庭園。建築家アントニガウディが1905から1906にかけて設計したとされ、滞在中に世話になったアルティガス家への謝意として計画されたと伝わる。自然の地形を活かし、石造の橋や水路、噴水を配置する構成が特徴。長く未整備の時期を経て1990年代に修復され、現在は一般公開されている。

規模は小さく1時間前後で回れる。山間部に位置し足元は滑りやすい雨天時は注意。公共交通は本数が少なく事前の時刻確認が必要。

ガウディが描いた自然と調和する庭園

アルティガス庭園はスペインのカタルーニャ地方に位置する建築家アントニ・ガウディ設計の庭園である。1905年から1906年にかけて実業家ジョアン・アルティガスのために建設された。バルセロナのグエル公園と同時期の作品でありながら、川の流れや周囲の植生といった自然環境を直接取り込んだ設計に特徴がある。リョブレガット川の源流近くに位置し、石材を用いたアーチ橋や展望台、人工的な洞窟が配置されている。長期間放置され荒廃していた時期があるが、1992年に修復工事が行われ一般公開が始まった。ガウディ特有の曲線美とキリスト教的な象徴が随所に組み込まれており、建築と自然の調和を観察できる貴重な遺構として知られる。

ガウディがこの庭園を設計した背景と物語

この庭園が建設されるきっかけとなったのは、ガウディが近隣でカサ・アルティガスという住宅を設計していた際のエピソードに由来する。当時ガウディはアスファルト工場のオーナーであったエウセビ・グエルの紹介でこの地を訪れていた。滞在中に織物実業家であるジョアン・アルティガス・イ・アラニャスから宿泊場所を提供されるなど手厚いもてなしを受けた。ガウディはその返礼として、アルティガスが所有していたリョブレガット川沿いの土地に庭園の設計図を引くことを申し出た。

忘れられた時代を経て再び注目された庭園

この庭園には、かつて管理が放棄され存在そのものが消えかかった黒歴史とも言える期間がある。1930年代のスペイン内戦の影響や、アルティガス家の没落によって庭園の維持が困難となった。1950年代以降は完全に放置され、生い茂る植物によってガウディ特有の石造りの構造物が飲み込まれていった。地元の住民の間でもここがガウディの作品であるという認識が薄れ、単なる廃墟として扱われていた時期が数十年続いた。1970年代に入り、再調査が行われるまで、この場所は公的な記録からも事実上抹消されていたに等しい状態であった。

グエル公園と比べてみるガウディのもう一つの傑作

アルティガス庭園にはグエル公園と共通する意匠が随所に見られるが、決定的な違いも存在する。グエル公園は乾燥した丘陵地に位置するため人工的な色彩が目立つ一方で、アルティガス庭園は豊かな水源を持つ川沿いに作られた。ガウディはここで自然の地形を最大限に活用し、川の流れや周囲の湿潤な環境に溶け込むような設計を行った。例えば、アーチ型の橋や展望台には現地で採掘された石材が使用され、植物の成長とともに石造物が自然の一部となるように計算されている。

歩きながら発見したい象徴と隠れた見どころ

庭園の内部には、福音書記者を象徴する動物の彫像が配置されている。鷲、獅子、雄牛、そして天使の翼を持つ人間の姿が特定の場所に配置されており、これらを線で結ぶと十字架の形が浮かび上がるように設計されているという説がある。これは敬虔なカトリック信者であったガウディらしい仕掛けであり、自然の中に神聖な秩序を組み込もうとした意図が読み取れる。また、庭園のシンボルとなっている噴水や洞窟のような構造は、バルセロナのサグラダ・ファミリア聖堂の生誕の門で見られる造形と共通の哲学に基づいている。

現代に蘇った修復の足跡

現在の姿があるのは、1990年代に行われた大規模な修復作業の結果である。バルセロナにあるガウディ・レアル・カテドラ(ガウディ講座)の監修のもと、埋もれていた構造物が発掘され、ガウディの設計当時の意図を忠実に再現する作業が進められた。現在ではガウディの隠れた名作として観光客を受け入れているが、その維持には多額の費用と地道な清掃活動が欠かせない状況が続いている。

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