繊維工場コロニー内に建設された教会の地下礼拝堂。独自の建築実験がサグラダ・ファミリア設計にも影響を与えた。
未完成の傑作が秘めるガウディの実験場
アントニ・ガウディが手がけたコロニア・グエル教会の地下聖堂は、サグラダ・ファミリア建設に向けた壮大な実験場としての側面を強く持っている。実業家エウセビ・グエルは、自らが経営する繊維工場の労働者たちのために教会の建設を依頼した。しかし、1914年にグエル家が資金援助を打ち切ったことで、当初計画されていた2階建ての教会のうち、地下部分のみが完成した状態で放置されることとなった。この未完の事実は、建築史における大きな損失とされる一方で、ガウディが試行錯誤した痕跡をそのまま現代に残す結果に繋がった。

逆さ吊り模型と10年の歳月
ガウディはこの聖堂の設計にあたり、重力による自然な曲線を導き出すために「逆さ吊り模型」という特異な手法を用いた。天井から紐を吊るし、そこに砂袋をぶら下げることで、重力によって形成されるカテナリー曲線を確認する作業に約10年という膨大な時間を費やした。この実験によって導き出された構造は、後にサグラダ・ファミリアの設計に直接応用されることになった。建物内部に足を踏み入れると、傾斜した石柱がランダムに並んでいるように見えるが、これらはすべて計算に基づいた荷重分散の結果であり、装飾性よりも構造的な合理性が優先されている。
廃材の再利用と地元の素材
建設コストを抑えつつ周囲の風景に溶け込ませるため、ガウディは徹底して地元の素材や廃材を活用した。外壁には近くのレンガ工場で出た焼き損じのレンガが使用され、独特の凹凸と風合いを生み出している。また、窓枠には当時不要となった繊維工場の織機の部品である「針」を再利用し、防犯用の格子として作り変えた。ステンドグラスは蝶の羽を模した開閉式となっているが、ここにも廃材を利用する工夫が見られ、ガウディの独創的なリサイクル精神が反映されている。




労働者との対立と中断の背景
この教会の建設が中断した背景には、単なる資金不足だけでなく、社会情勢の不安定さも影響している。当時のバルセロナ近郊では労働運動が激化しており、一部の労働者からは「信仰を強要するための施設だ」として反発の声が上がっていた。グエルの死後、その息子たちは経済的な理由から建設の継続を断念したが、これは当時の過激な社会主義運動に対するグエル家の疲弊も一因であったといわれている。結局、計画の大部分は放棄され、現在は世界遺産に登録されながらも、本質的には「未完成の失敗作」としての影を背負い続けている。
礼拝堂のベンチに隠された設計思想
聖堂内に並ぶ木製のベンチも、ガウディ自身がこの場所のために特別にデザインしたものである。これらのベンチは、背もたれと座面が一体化しており、人間工学に基づいた曲線が描かれている。興味深いことに、これらは一つの長い木材を曲げて作られているのではなく、小さな木片を組み合わせて構成されている。これは、限られた資源を有効に活用しつつ、座る者の体に負担をかけないための配慮であった。ガウディは、巨大な建築物だけでなく、こうした細部の調度品にまで自身の構造理論を反映させることに執着した。



労働者の生活を支えたコロニア・グエルの周辺建築
アントニ・ガウディはコロニア・グエルの全体計画において、教会の設計だけでなく集落の都市計画そのものに深く関与した。エウセビ・グエルが目指した理想的な産業コロニーを実現するため、ガウディは自身の弟子たちを動員して労働者のための施設を次々と建設させた。現在も教会の周辺には、ガウディの直接的な監修や指導のもとに建てられた建築物が点在している。

ガウディの右腕が手がけた共同施設
集落内にある「カ・ロルダル」や「カ・レスピナル」といった住宅は、ガウディの最も忠実な協力者であったフランセスク・ベレンゲル・イ・メストレスによる設計である。ガウディ本人は多忙を極めていたため、実務の多くを彼に任せていた。特にカ・ロルダルは、レンガを巧みに組み合わせた幾何学的な装飾が特徴で、教会の外壁にも通じるガウディ的な意匠が随所に見られる。これらは単なる社宅ではなく、労働者の生活水準を向上させるための意欲的な実験住宅であった。

学校と教師の家に見る教育への関心
ガウディはコロニー内に子供たちのための学校と教師の住居も配置した。これらも弟子たちの手によるものだが、ガウディの設計哲学である「自然との調和」が反映されている。石やレンガといった素朴な素材を使いながら、建物の角に丸みを持たせるなど、周囲の景観を損なわない配慮がなされた。また、ガウディ自身がサグラダ・ファミリアの敷地内に建てた「サグラダ・ファミリア学校」と同様の、機能的で合理的な構造がこれらの建物にも見て取れる。

未完の計画と残された建築群
本来の計画では、教会周辺にはさらに多くの公共施設が建設される予定であった。しかし、1914年の建設中断とともに、多くの構想が白紙となった。現在、コロニア・グエルの街並みを歩くと、教会のクリプトから続く道沿いに、当時のレンガ造りの建物がそのままの形で残っている。これらはガウディが目指した「芸術と産業の融合」という目的を象徴するものであり、教会の地下聖堂とセットで鑑賞することで、ガウディが描いた理想郷の全体像を把握できる。

























