観光都市の裏側に広がる現実
スペインは世界的な観光地として知られ、バルセロナのサグラダ・ファミリアやマドリードのプラド美術館、セビリアのアルカサルなど多くの観光名所がある。しかし観光客が訪れる華やかな街並みの裏には、失業率の高さや不安定な雇用、親族採用の文化など社会的な課題が隠れている。
観光業の影に潜む不安定な労働
観光都市ではレストランやホテル、土産物店など観光業に従事する人々が多いが、多くは季節労働や契約社員であり安定した収入は保証されていない。夏の観光シーズンにピークを迎え、その後は仕事が減ることも少なくない。特に若者や学生がこの業界で働くことが多く、就職の不安定さが日常の一部となっている。
バルセロナのカフェで働くアナは夏の観光シーズンには忙しく働くが、冬になると仕事が減り生活費を稼ぐのが難しくなる。観光客には彼女のような労働者の苦労は見えにくい。
高い失業率の背景にある構造的な問題
スペインの失業率は欧州の中でも長年高水準にある。特に若者の失業率は高く、大学を卒業しても正社員になれない「失われた世代」として知られる。これは産業構造の変化や経済危機の影響、教育と労働市場のミスマッチなど複数の要因が絡み合っている。
親族採用文化と就職の不平等
スペインでは企業や公共機関で働く際に親族や知人を優先して採用する文化が根強い。いわゆるコネ採用であり、就職の不平等を助長し能力があっても安定した仕事に就けない人々を生み出す。
マドリードで就職活動をしているホセは何度も面接を受けたが、正社員の仕事を得ることができなかった。親族や知人のツテがないと就職のチャンスが限られると彼は感じている。
失業者の生活と日常の過ごし方
失業者は街の華やかな風景に溶け込みながら、生活の糧を探し日々を過ごしている。観光地ではカフェやレストランでの臨時雇用、土産物店の短期アルバイト、清掃や配達の仕事などで収入を得ることが多い。地方では農作業や建設現場の臨時仕事を掛け持ちする者も少なくない。
アンダルシア州の小都市で失業者のカルロスは午前中は市場で野菜を売る手伝いをし、午後はホテルの掃除を手伝う生活を送っている。収入は不安定だが都市を転々としながら生活費を稼ぐしか方法がない。
働いていない時間には友人や家族と過ごしたり、地域の文化活動に参加したり、無料の講座や公園で過ごすこともある。日常生活は節約や共同生活を基本にしながら、ネットカフェで仕事探しをしたり、自治体の支援プログラムに参加する者もいる。
ベーシックインカムの現状と社会への影響
スペインは2020年にIngreso Mínimo Vitalを開始し低所得世帯に支援を行うようになった。最大で月額約1,000ユーロが支給される制度で、生活困窮者や長期失業者の直接支援を目的としている。
2025年10月現在、IMVは約2,300,000人に支給されており、支給額は世帯構成や収入に応じ平均571ユーロとなっている。特に子どもを持つ家庭や一人親世帯に効果が大きく、貧困リスクの高い世帯を支えている。しかし申請手続きは複雑で条件も厳しく、すべての失業者が受け取れるわけではない。
IMVの導入により貧困層への直接支援は向上したが、若年層や移民層の貧困、就職機会の格差、地方の貧困は依然として解決されていない。制度は生活の支えになる一方で、根本的な雇用の不安定さや親族採用文化の問題は残されている。
観光客に見えないスペインの現実
観光地で笑顔を振りまく人々の裏には、将来に不安を抱えながら日々を送る人々の存在がある。バルセロナのカフェで働く若者も冬季には別都市に移動してアルバイトを探す。セビリアの街角で演奏する音楽家も昼間は別の仕事を掛け持ちして生活費を稼いでいる場合が多い。
文化は豊かで音楽、舞踊、建築、祭りが日常に根付いているが観光資源として切り取られ、美化されることが多い。観光客は華やかな祭りやフラメンコのショーを楽しむが、地元住民は経済的困難と向き合いながら文化活動を維持している。
観光の光と社会の影が映すもう一つのスペイン
スペインは世界に誇る観光大国であり観光客の目には華やかな街並みと楽しげな人々しか映らない。しかし高い失業率、不安定な雇用、親族採用文化、地方格差、移民労働者の厳しい現実、試行段階のベーシックインカムが存在する。IMV導入で一部の貧困世帯は支援を受けて生活が改善したが、依然として社会全体の格差や雇用不安は解消されていない。
観光客が見えない現実を理解することはスペインを深く知ることにつながる。表面的な観光地の美しさだけでなく街の裏側に目を向けることで、失業者たちの生活の実態や社会保障制度の現状を感じることができる。