レコンキスタとは何か
レコンキスタとは昔のヨーロッパ、とくにスペインとポルトガルで起きた長い戦いのことだ。意味は「再び征服する」ことで、もともとキリスト教の人たちが住んでいた場所をイスラム教の人たちが占領してしまったため、それを取り戻すための戦いや動きが数百年も続いた。
はじまり
七百十一年、北アフリカからイスラム教を信じる人々が海を渡ってイベリア半島にやってきた。彼らは短い間でほとんどの土地を占領した。スペインのほとんどがイスラム王国の支配となり、城や都市の姿も変わっていった。モスクが建てられ、言葉や食べ物、農業のやり方なども持ち込まれた。
小さな抵抗から始まる
北の山地、アストゥリアスという場所でわずかな兵が集まり戦いを挑んだ。七百二十二年、ペラーヨという男が率いたコバドンガの戦いが有名である。わずかな人数でも地形をうまく利用し、大軍を退けた。これがレコンキスタの始まりとされている。まだ国とは呼べない小さな共同体だったが、人々は再び自分たちの土地を守ろうと決意した。
長い年月の流れ
この戦いはすぐには終わらなかった。むしろ何百年も続き、途中では平和な時期もあった。イスラムの王国とキリスト教の王国は交易をしたり文化を交換することもあった。イスラムの科学や数学、建築の技術はスペインの人々に多くの影響を与えた。
有名な都市の奪還
トレドは重要な都市で、一〇八五年にキリスト教軍が奪還した。この出来事はレコンキスタの大きな節目であった。トレドは学問の都でもあり、アラビア語の本がラテン語に翻訳された。これによって科学や哲学の知識がヨーロッパ全体に広がった。
裏話やエピソード
戦いの中には不思議な話も多い。ある王様は敵と戦う前に占い師に相談して日を選んだという話があり、またある将軍は戦いに勝った後、敵の城壁の一部だけ残した。これは相手の文化を完全には壊したくないという気持ちだったと伝えられている。
カスティーリャとアラゴンの力
時が進み、一二世紀から一三世紀にかけてカスティーリャ王国とアラゴン王国が力をつけた。両国は次々と南へ進軍し、都市を取り戻した。戦いの間にも、農業や商業は発展していった。羊を飼う産業やワイン作りが盛んになったのもこの頃だ。
最後の王国
やがて残ったのはグラナダ王国だけになった。一四九二年、カスティーリャ女王イサベルとアラゴン王フェルナンドが結婚して勢力を合わせ、ついにグラナダを征服した。この年がレコンキスタの終わりとされる。
その後の変化
レコンキスタが終わると、イベリア半島は一つの大きな王国としてまとまり、海外への探索が始まった。同じ一四九二年にコロンブスがアメリカ大陸へ向かう航海に出ている。文化や宗教は統一され、モスクは教会に変えられた。